ビルダー純正中古艇の新しい方向性
SC-32ベース 今回は、ヤマハ発動機の「リノ・ボート32」というモデルです。聞き慣れないモデル名かもしれませんが、これはかつてラインナップされていた同社のSC‐32をベースに、ヤマハ(の直営ディーラー)自身がそのリビルドとパワーユニットの換装を行い、さらに内装などを一新したモデルです。モデル名の「リノ(RENO)」は、リノベーション(renovation)の意。中古艇を修復してオリジナル状態に戻すならレストア(restore)ですが、あえて刷新というニュアンスの強いリノベーションという言葉(の省略形)を使っているところに、このモデルと一般の中古艇との違いが示されているようです。リノ・ボートのプロジェクトについては、45ページのコラムでもう少し詳しく触れていますので、そちらをご覧いただくとして、ここでは、今回試乗したリノ・ボート32(以下、R32)を例に、その具体的なあり方を探ってみようと思います。
なお、リノ・ボートには、現在、R32のほかにPC-27をベースにしたリノ・ボート27があり、2011年12月現在、その両方を合わせると4号艇まで完成しています。航走写真と試乗は、R32としては2艇目となる4号艇のものですが、ディテールやインテリアは、すでにオーナー艇となっている1号艇のものです。特にこの1号艇のインテリアは、オーナーの要望をかなり取り入れたものだそうですから、R32のカスタマイズの可能性なども見ることができるでしょう。
さて、R32のベースとなったSC-32は、1989年にデビューしました。89~90年というのは、いわゆるバブル景気で日本のボート市場が異様な盛り上がりを見せ始めたころです。SCシリーズにも、このモデルに先行してS-38というアフトキャビン艇が加わっており、さらに翌90年には、MY-50が、91年にはSC-60が追加されています。
ヤマハのこのクラスには、SC-32以前からSC-950、LC-950と続いたフライブリッジセダンの系譜がありました。SC-32は、その集大成のようなモデルで、さまざまな装備が標準化され、さらにオプションとしてジェネレーターやエアコンが用意されるなど、(当時の国産艇としては)きわめて豊富な装備が魅力の一つとなっていたモデルです。
モデルライフは89~95年。ただし、ガソリン仕様は94年までで、最終年はディーゼル仕様のみだったようです。総トン数が8.1トンだったため、当時の4級小型船舶操縦士免許では操船できませんでしたが、そのわりには売れ行きのよいフネだったようで、現在も相当数の中古艇が存在します。
全長は11.07メートルですが、これは船首のパルピットと船尾のスイムプラットフォームを含めた値で、ハルだけなら9.7メートル前後です。これに対する全幅は3.31メートル。同クラスの欧米のフライブリッジセダンに比べれば細身ですが、国産艇の多くが比較的細身のプロポーションなのは、現在もそれほど変わりません。
船尾のコクピットは、その床下にパワーユニットを抱えるため、64センチくらいの深さしかありません。ファミリーユーザーなども対象としたフライブリッジセダンとしては浅い部類ですが、それを補うためか、標準でスターンレールが取り付けられています。
フライブリッジは定員が5名。定員分の腰掛けは用意されています。ただし、前方に2脚のシート、後方に前向きのベンチシートという乗用車のようなシート配置は、さすがに現代ではあまり見かけないタイプです。
デッキハウスはコクピットから2ステップ、寸法にして50センチほど低い位置に床が設けられており、低重心化を意識した設計であることを感じさせます。ハウスの四隅にカーブドグラスを用いて、全周グラスエリアとしているのは、このモデルの特徴の一つ。きわめて採光性のよいサロンエリアが実現されています。
もともとのキャビンは、カーペット敷きの床に、変わり織りの布製表皮のソファという組み合わせです。年式によっては、木調部にブラウンオークを用いたタイプとホワイトオークを用いたタイプとがあり、それぞれに黒色のソファとブルー系のソファが組み合わされていたようです(SC-32の91年カタログによります)。
R32の1号艇では、木調部こそブラウンオークらしい素材のままでしたが、床は濃色のフローリング風に、ソファは革張りに、そして壁面の素材なども変更されています。ソファ類の表皮や床のカーペットなどの変更だけでも、かなり印象が異なるものです。
前述したように、試乗時には、2艇のR32を見ることができましたが、もう1艇のR32のインテリアはもう少しシンプルなもので、これもまた印象が異なります。
もともとの中古艇の程度などにもよると思いますが、どこまでカスタマイズするか、どんな素材を使うかなどによって、それに要するコストもかなり違うはずです。
D3-220/DPSは、かつてのAQAD41/DPとはまったく異なる航走感をこのフネに与えています。SC-32はこのクラスのフライブリッジセダンとしては高さを抑えたモデルであり、フライブリッジのシートも低めですから、機動性が高くなっても不安感はありません
D3-220/DPSは、総排気量2.40リットルの直列5気筒。4バルブ化されたシリンダーヘッドとコモンレール方式の燃料システムを備えた現代的なマリンディーゼルです。しかも、現行モデルはステアリング機構まで含めた完全なコントロール・バイ・ワイヤが可能で、試乗艇では、これにオプションのジョイスティックコントロールを加えてありました。言うまでもなく、離着岸時のマニューバビリティーは飛躍的に向上しています。
試乗時の最高速は36.3ノット。これは、ドライブをほぼ水平に保ったままで得られた速度で、航走状態に合わせてドライブのトリム調整を行った際には、37ノットを超えています。出力にすればわずか10%の増加にすぎませんが、ドライブやプロペラなども含めた推進機構全体の進化が、明らかに感じられました。
エンジンコントロールレバーに対するエンジンのレスポンスがよいのは、コモンレール方式のディーゼルらしいところ。また、現代のDPSドライブはステアリング角が大きく、オリジナルのSC-32では考えられないほどの小径旋回も可能です。
一言で表現するなら、とにかく軽快なのです。これはかつてSC-32(のディーゼル仕様)に乗ったことのある人にとって、まったく想像できなかった操船感だと思います。
ボルボペンタのデータシートによると、D3-220の燃料消費率は、最高回転域でも約41リットル/時。3500回転/分まで落とせば22~23リットル/時です(ともにエンジン1基あたり)。試乗時、3500回転/分は約30ノットでしたから、相当に経済的な走りができるはずです。
フネに限らず、搭載エンジンを変更したことで、印象や性能が(よいほうに)ガラリと変わった例は、飛行機にも、自動車にもあります。今回のR32の航走感は、まさにそういったものの一つといえるでしょう。
エンジンの換装は、フネの印象を大きく変化させますし、それが核になっているとは思いますが、リノ・ボートというのは、単に中古艇のエンジンを換装したフネということではありません。さまざまなノウハウが必要な、フネ全体の「刷新」なのです。ビルダー自身がこういったフネを手がけるというのは、その「さまざまなノウハウ」を設計段階から蓄積してきたところが行うということです。単なるレストアでもなく、単なるリパワーリングでもない。リノベーションというのはそういうことなのでしょう。
現在のところ、リノ・ボートは「リノ・ボート32」と「リノ・ボート27」の2艇種ですが、今後も同様な手法で、より多くのモデルが「リノ・ボート化」されることを期待したいところです。